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道之会書庫

道之会は、気功練習を基礎として、様々なものとの調和をはかるために定期的に練習会を行っています。

気功とは中国で確立されたものです。
インドではヨガやアーユルヴェーダ、ヨーロッパではキリスト教が保存しているもの、日本にもレイキや導引など、世界中に養生術というものがありますが、もともとは民間に伝わっていた、だれでも実践できるものです。

身の回りの出来事で難事の収束であったり、自分自身を見つめ直すことであったりと、回復させることは儀式などと繋がり、ごく自然に我々の生活の一部でした。
近年になって、ある傾向のためにバランス、調和というものが崩れてしまいました。
それによって、見えていて当然だったものが見えなくなり、より深い闇へと導かれる結果となった印象があります。

その闇に深く導かれたものは、心ではないでしょうか。
心をみていてはできないことや、処理しきれないこと、ましてや相手のことなど考えていてはできないことも。

現代社会の速度は、経済発展という流れもあって、戦後、とてつもないスピードで進んできましたが、社会の繁栄のために、自らの何かを引き替えにしてきましたともいえるでしょう。

もちろん、そういった側面ばかりに注目していても発展はありませんから、バランスが必要になります。
そのバランスはどこで調整しているかというと、あいまいな感覚ではなく統計として扱うことで、効率よく対応しようとしてきたわけです。
考え始めると、思考の迷路にはまってしまって抜け出せなくなります。
明確な答えが、今の社会の習慣では出てこなかったから、考えるのをやめてしまう人がほとんどです。

経済にかげりが見えて、社会の体力が落ちたことで、それだけでは対処できなくなったこともやっとわかったわけですが、旧来の考え方や習慣までいきなり代わることはありません。
たとえば運動なども、効率や数字がよくないと、納得できないようなものしか流行りません。

その結果、体に無理なものばかりが目立つようになったということ。
考えないようにしてきたために、時間や結果の代わりに引き替えに手に入れたものは、不自然なものばかりだったということ。
このたとえが目に見える形でわかりやすいと思いましたので、運動のお話になりましたが、我々の生活全般は、あらゆるものが不自然から成り立っていることがわかるかと思います。

中国には道教というものがあります。
もともとは仙人になるための修行をしていた人々の集まりです。
道教には決まったスタイルというものはありません。
禁忌といっても、体に悪いことをしなければいい。
基本的には毎日を楽しくすごせれば良いという思想ですので、自分がだめだと思わない限りは何もしません。

心が自然とそう思わない限りは、なにをやってもうまくいかない、という自然体であることを土台としているからです。
ですから、そこから生まれた養生術である気功は自然です。
人は本来自然のものです。
自然に向かおうとするから無理がありません。

気功で気の循環を繰り返す中で、はじめて自分の習慣ができあがり、自分や様々なものと対話することができるようになります。
これを技術と定義するならば、生活そのものが気功であるといえるでしょう。
道之会が気功練習会で行っているものは、心と体の掛け橋をつくることです。




道之会書庫 by 風樹那環

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